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桜の香り

  • 2019年5月13日
  • 読了時間: 3分


桜の香り

初めて千鳥ヶ淵に行ったのは10何年も前、赤坂のレストランからの帰り、どうしても見せたいと言われ、タクシーを飛ばしていったのが最初でした。

「もう、ライトアップ終わりますよー!」と警備員が叫んでいます。

慌てて桜並木へと走り、ほろ酔いの中、真っ暗な千鳥ヶ淵、白く浮かび上がった夜桜は豪奢でもあり、朧のようでもあり、そして桜の甘い匂い中をゆらゆらと歩くのは大変いい心持ちでした。桜はなぜか過去の感情がよみがえってきて心にとどまり、懐かしいような、少しさみしいような気持ちになります。

あれから何年も経って、だんだん桜の樹も衰えてきたのでしょうか、花を付けない枝も目立ち、うっすらと立ち込めていた桜の香りは今年は感じられず残念に思いました。

千歳烏山6番街の2階のちいさなレストラン、「のんとろっぽ」で一人の女性がいつものようにコースを食べ終え、扉を開けようとした時、下から少し酔った老夫婦の声が聞こえてきました。彼女は扉を開けてその老夫婦が階段を上がりきるのを待っていました。

「綺麗だったけれど結構さむかったわね~、・・・あら、うるさかったかしら?」

「そんなことありません・・。ちょうど帰るところでしたので・・・・、それでは塩田さん、今日もごちそうさまでした。」

「ありがとうございます。」

「こんばんは。いらっしゃいませ。お花見の帰りですか?」

「そうなのよ、途中から寒くなったからワイン飲みたくなったの。」

「ちょっと飲むだけでもいいかな?」

「もちろんでございます。」

「・・・それではご主人様にはサンテミリオンの飲み頃を。奥様にはトゥーレーヌのソーヴィニヨンブランを。」

お二人はフランスをたくさん旅行した話をしてくださいました。

楽しい思い出や、おいしかったお話などをされて奥様はきゃっきゃと少女のように話されました。

「そうだ、ここはヤギのチーズはあるのかい?」

この時期ご用意している自家製の桜の葉を巻いたヤギのチーズをお出ししました。

「私ヤギなんか食べられないわ。」

「そうだった?」

ご主人が一口食べました。

「桜の香りですごく食べやすいよ、食べてごらん。」

「本当、食べやすいわ。」

もう一口召し上がって、ワインももう一口。

「ああ、桜の香りとチーズと、このワインによく合っておいしいわ。」

「・・・それにしても私たち、あれからだいぶ年を取っちゃったわね。またフランスへ行けるかしら?」

「いつだって行けるじゃないか。・・また、行こう。」

【トゥーレーヌ/ソーヴィニョン・ブラン】

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